薬剤師になるために何を知るべきか

憧れの薬剤師

    何かと安定していると言われている薬剤師だが、本当にそうなのか。このサイトではそんな面にも注目して、薬剤師とは何かを考察していく。

    薬剤師とは

    シャドウ

    安定という名の代表的な職業

    仕事は人が生きるためにしなければならないことだ、形態や業種は年々変化してきているが原始の時代から人という存在は労働という対価を支払いながら文化的な生活を営んできている。働くという形は確かに様変わりしているが、その中で最も恒久的な労働といえば農業だ。農業は現在でも生業としている人はいるものの、農業を自活として生活している労働人口そのものは減少傾向にある、みなまで言わなくても知られていることだろう。では今度はもう少し違う視点から考えて、農業とは違う別の仕事は何かと探してみると、狩猟や採集といった肉や魚、果ては食べられる植物などをかき集めて日々の兵糧として蓄えること、またそうした兵糧などをまとめて管理し、さらに料理を振る舞って戦士たちを養うといった家事手伝いなども縄文や弥生の時代においても重要な仕事なのは確かだろう。

    その後も仕事という労働は変遷していき、人が武器を持って互いの領地を奪い合う戦争を覚えるようになると、今度は人殺しを覚え始まる。また領地を増やし国を作るということにこだわり始めるようになると、国を収めるための朝廷などが創造されていった。国を動かす役人としての仕事、そしてその役人たちの命によって国を守るという大義名分の元で命を奪う者、これらも種類こそ異なっていると言われるかも知れないが、労働の一種に相違ない。そうしなければ自分たちが生きていけないからだ、生きていくためにはどんなことをしても自分の身は自分たちで守らなければならない、だが自分一人だけでは出来ないことも仲間と共にいればなんとかなるはず、古代から中世の人々はそう信じてやまなかったのかもしれない。

    国が出来上がって、武士という殺し合いを生業とする者達が登場するようになると、やがて武器を持つのは農業などを仕事としていた人々にまで普及し、果てはお国のためという名目で戦場で無理やり刀を持たされて地獄へ追い立てられる。生死を分かつそこでは無事に帰ってきて武勲を上げたものには地位と権力が、戦場で国を守るために戦死した武士には名誉という名の手向けが捧げられた。しかし武士の数は無限ではない、人の数は予め決められているかのように上限が存在する。小国などに至っては限界も近く、まともな労力にならないものでさえ戦場で道具として使用される。そうした中で殺し合い、その中で兵士という貴重な戦力を保持するために医師が登場してきた。だが江戸時代末期まで日本では西洋の外科的手術は存在せず、漢方等によって治療する東洋医療が盛んだった。

    医者という存在が登場したことにより、おそらくその瞬間から永劫仕事が無くなることはない職業としての地位も樹立したといえるだろう。農業や政治などにしてもそうだが、医師は例え国そのものが消え失せたとしても別の場所で人の治療を行える、だからこそ江戸時代ではまともに医術というものを勉強していない闇医者が増加した。それが問題になったため明治時代になると本格的に医師免許制度を作り出し、限られた人間しかなれない職業へと変質していく。

    こうした時代の経過とともに生まれてきた医師という仕事だが、今回はかつては主力だった医師の形であり、日本における医師の原型として、東洋医療というものも少なからず関係しているだろう『薬剤師』というものについて考えてみる。薬剤師と言われて、その仕事に対するイメージなどをまとめてみると、おそらく大部分が安定した職業と思っている人が多いだろう。

    日本では区別されていなかった

    以前東洋と西洋、どちらともの医療について記事を作成したことがあるが、日本では明治の時代まで医師というものは現在でいうところの医師と薬剤師は同一だったと言われている。患者を診断して薬を調合する、これが江戸時代まで行われていた日本最先端と言われた医療技術である。それに対して西洋においては中世以前までは日本と同じように医師と薬剤師に区別はなかったが、13世紀中盤頃に医制が出来上がると分離する事が明確化された。理由としてはおそらくかつて江戸時代で社会問題にまで発展した闇医者という存在が増えたことも一理あるだろう。何せ人間は病を発症すれば必ず治る現代と違って、今でいう風邪などを引いただけでも命の危険に苛まれるからだ。それを考えれば例え見たことも聞いたことも無い医師だとしても、藁にもすがる思いで頼ってしまう。そこへ付け込まれてしまったらおそらく見分けることなど不可能だ。

    日本の江戸時代においてもそうだ、生きるためには医師という存在を頼りにしている人が当たり前のように存在するようになると、良からぬことを考えている人々にとっては金づる同然。デタラメな調剤だったとしても信じて服用して良くなれば儲けモンだからだ。違法医療、というとその当時っぽくないかも知れないが現代的に分析すればそんなところだ。

    今では資格を持っていなければ出来ない調剤行為

    日本には明治の時代までまともな医療制度というものは存在しなかったが、江戸時代の闇医者増加問題についてはさすがに幕府も黙って入られなかったため一斉摘発をすることにする。それこそ許可制というスタイルへ変更するようになると、闇医者も減少するようになるが撲滅とまでは行かない。動きが本格化するようになるのは、やはり1854年に近代医療というものが日本へ導入されて以降だ。

    その時から日本でも医師と薬剤師というものが分離して考えるようになり、今でいうところの医者が作成した処方箋という調剤薬品を薬剤師が調剤し、それを患者に提示する。今ではすっかり当たり前となっている日本の医療システムも、江戸時代を含めた以前までは医師が薬剤師としても活動をしていた。

    現在のところ、医師が薬剤師のような事をするのは禁じられている。薬剤師という資格も医師免許とは別物の免許制度が導入されたことにより、多くの人が安心して薬を飲んでも命に危険性が及ぶ心配を軽減されたといったところだ。

    両方持つことは可能

    では今の医療制度のもとで医師と薬剤師、両方の免許を取得することは可能なのかというと、特別どちらか片方しか持ってはいけないというルールは無い。なので両方持ち合わせている凄腕の医師が存在していると言われている。事実として誰がと確認したわけではない、ただどちらも持つというのは本当に現実的だろうか。

    そのことについても調べていくと、どちらも国家資格であるため難易度も非常に高く、勉強も決して同じ分野を勉強する訳ではない。そのため、資格そのものは取得できたとしても、莫大な知識を二分野両方で収めなければならないため、取得使用と考える人はそれほど多くはないだろう。

    薬剤師の存在

    そんな薬剤師という仕事については最近何かと注目が集まっている、功罪としての意味で。良面もあれば悪面もある、基本的には前者の方で主に取り上げられているだろうとは思う、主に仕事してだ。この不景気極まる時代で薬剤師は安定した職業として考えられているのもよく言われていることだ。ここではそんな薬剤師、という仕事について取り上げてみよう。